人それぞれ、温度差はある。

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小池都知事の静養に、ペットロスが影響しているのではとの報道があった。

東京都知事という激務の中、愛犬の死亡は精神的に大きな打撃だったであろう。 

 

ペットが病気になったくらいで

昔の話だが、会社を休んでペットを病院へ連れて行ったことがある。

会社には、隠す必要もないので、正直に、理由を説明した。

ペットが病気で大変だったねと言って慰めてくれる人もいたが、ペットが病気になったくらいで、会社を休むのかと思った人も相当いたようだ。

自分もペットを飼っていなければ、口には出さないが、ペットの病気で会社休むのかよ、いい身分だなと思っただろう。

ペットは、元気全開にはならなかったが、幸い投薬治療により日常生活は問題なく送れるようになった。 

 

多様化の時代

人それぞれの置かれた立場や考え方を尊重する時代になったのだと思うが、それでも、頭の固い人間はまだたくさんいる。

そんな時代を逆手に、権利ばかりを主張する人間が、自分の周りには多かったような気がする。

類は類を呼ぶというから、自業自得なんだとも思う。

実際のところ、当事者にならなければ、その気持ちは分からないが、相手の立場になって想像することで、寄り添えることもある。

人それぞれで考え方が異なるのだから難しいが、権利ばかり主張する人に対しても、思いやる事が求められている時代なのだ。

義務と権利の考え方も、時代とともに変わっているのだと思う。

 

ペットロス

ペットとの別れは、単身赴任先で、知らされた。ピンピンしていた訳ではないが、まだ、死を意識するとかそういった状態ではなかったのでショックだった。

自分は、ペットと一緒の時間が短かったし、単身赴任で離れて生活していたので、立ち直るのは早かった。

心の中でのペットの位置づけにもよるだろうが、ベットが亡くなって、すぐに次のペットを迎え入れる人もいる。ペットが愛玩動物と捉えれば不思議ではない。

人それぞれなんだと思う。

都知事のように、自分の娘のように思っていたら、それは簡単ではないだろう。

自分の家族も、ペットと生活した時間や接した密度によって、家族それぞれペットロスからの立ち直りに時間がかかった。

一見、立ち直っているように見えるが、実はまだ引きずっているのかも知れない。

 

人の心は計り知れない

人間は、ペットと違い話すことが出来るが、必ずしも思いがそのまま口から吐き出されることは少ない。

思いの温度差があるので、そのままストレートに口に出してしまうと、いろいろ不都合があるからだが、それゆえに、行違いが起こる。

ペットは、言葉に出さなくても感じ取ってくれたり、思いを受け止めてくれる。ペットに愛情を注ぎ、飼い主は少なくとも理解しあえていると思っている。

そんなペットが、突然いなくなったら、誰だって悲しい。

ペットロスという言葉では、簡単に片づけられないのかも知れない。

 

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