庄司薫を教えてくれたJO君

f:id:happy44:20211022141245p:plain

ショパン国際ピアノコンクールで、日本人2名が入賞するという報道があった。

2位に反田恭平さん、4位に小林愛実さんが、それぞれ入賞しましたが、クラシック音楽をほとんど聞かない自分には、快挙といわれてもピンとこないところだ。

過去の日本人入賞者の中に、中村紘子さんの名前を見つけ、JO君のことを思い出した。

高校生の頃、たまたま同じクラスになった男が、いつも休憩時間に文庫本を読んでいた(ように思う)。

なかなか、そんな奴にお目にかかったことがなく、シャイな感じで、興味を引かれ声を掛けた。

それほど、相性が良い訳ではなかったが、時々言葉を交わすようになり、そんな気になる奴JO君が薦めてくれたのが、庄司薫の「赤頭巾ちゃん気をつけて」だった。

その時に、庄司薫の奥さんが中村紘子であるとか、舌噛んじゃって死にたくなるかもよとか、いろいろと教えてくれたのであった。また、詩を書いて何かに応募して、入賞したといっていた。話半分に聞いていたが、確かに彼の名前で詩が雑誌に掲載されていた。

小説には、ほとんど興味がなかったが、彼の話を聞いていると、なんだか面白そうに思え読んでみたところ、庄司薫が好きになり、赤頭巾ちゃん気をつけてに続き、さよなら快傑黒頭巾白鳥の歌なんか聞えないぼくの大好きな青髭等を立て続けに読んだことを覚えている。

JO君は、外履きの靴の盗難にあった時、上履きで帰ればいいのに、裸足で家まで帰るというとてもいい奴だなのだ。

JO君の場合は、犯人が分っていたので、後日、取り戻すことができたが、靴の盗難等は残念なことに、よくあることではあった。

高校卒業後、JO君は、やんちゃな人達ともお付き合いするようになり、ナンパな自分は、ちょっと距離を感じていたが、彼と会うことはあった。

友人の少ない自分は、JO君に、結婚式での友人代表のスピーチをお願いし、結婚式に出席してくれた友人たちを新居にも招いた。

社交性のない自分が、彼らを自宅に招いたことさえ、今から思うと不思議なくらいであるが、当時は、結婚というイベントがそんな感じで行われていたのだと思う。

結婚した年に、地元を離れ仕事に手いっぱいで、彼らとは、だんだんと疎遠になった。まあ、友人とは名ばかりで、知人といった方が正解なのだと思う。

チャレンジしなければ、反田恭平さんや小林愛実さんのようにチャンスをつかみ取ることはできない。

才能あふれるJO君は、脚本家や俳優など、いろいろチャレンジしたものの、思うような結果を得られず若い燕になったという噂を、帰省した際に聞いたことがあった。

今でも暇を見つけては、JO君は、文庫本を読んでいるのであろうか。いまとなっては、彼が読んでいたのが、文庫本だったのかも怪しい遠い昔の話だ。