人を育てる

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子供の頃、NHKのTV放送で親父が見ていた野球の試合で、やる気なさそうな感じでとぼとぼと歩いてバッターボックスに入った背番号19番の選手が、ホームランを放った。

親父に、この人誰?と聞いたら野村だといった。ついでに、野村は三冠王になっているとも教えてくれた。既に、ピークを過ぎていたのだと思うが、不言実行というか、さりげない感じでホームランを打つ姿にカッコよさを感じた。

今では誰もが知っている野村克也さんであるが、この時、パリーグに凄い人がいるものだと、子供ながらに思ったのを覚えている。そんな、野村監督の一番の功績は、数多くの野球人を育てたことだろう。


生き残る技術 [ 野村 克也 ]

子供頃は、TVの野球放送といえば、ジャイアンツの放送ばかりで、巨人の星という、ジャイアンツをメインにしたTVアニメも放送されており、ジャイアンツ一色だった。チョットひねくれていた自分もYGの帽子を被って、好きな野球チームは勿論ジャイアンツですという顔をしていたが、たいして好きでもなく出来ればYG以外の帽子を被りたかった。

また、遊びといえば、空き地や路地で野球だ。ピッチャーがメインで、あとはバッターが面白いのだが、運動神経がよくないので、ピッチャーなどやりたくてもやらせてもらえず、守るポジションは、球の飛んでこないポジションの外野。いうなれば、球拾いだ。バッターとして打席に入っても、ヒットを打てるのは、10回に1回あるかないかで、仲間外れにならないよう遊んでいただけで、野球を面白いと思ったことはなかった。

そんな自分が、何を血迷ったのか、中学で野球部に入部してしまったのだ。特に好きでもないのに野球部に入ったのは、野球以外に、出来そうなスポーツがなかったからだと思う。野球が好きになるかと思い頑張ってはみたが、無理だった。下手の横好きだったら良かったのだが、好きでないのだから、熱心にもなれず、当然上達しないので、ベンチにも入れず、興味がなくなるのも無理はないことだ。

野球に興味はないので、基本的に野球は見ない(オリンピックも本シリーズも盛り上がっていたようだが見なかった)が、ミーハーなので、大谷選手の活躍などが大々的に報道されれば、大谷選手を応援したりはする。TVで応援したのは、MLBオールスター戦だけね。

野球に興味はありませんと胸を張っていいたところであるが、心の中どこかで、野球部に所属していたことが引っかかってしまう。

社会人になっても、新人研修のレクリェーションとして野球をしたり、たわいない朝の会話といえば、天気、野球、芸能ネタであり、これだけ社会に浸透していると、なかなか、野球を無視することは出来ないものだ。

野球人気が低下しているようなことがいわれているが、日本のスポーツは、まだまだ、野球が中心である。

野村監督が育てた日本ハムの新庄BBなら、野球をエンターテイメントに変え、自分のネガティブなこころを、スカッとしてくれるに違いないと期待している。

また、ファンに愛される選手になるためには、自分がファンを愛することといえる新庄BBは、野村監督のように人を育てることのできる男なのだ。


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今週のお題「忘れたいこと」・・・野球部にいたこと。